So-net無料ブログ作成

珈琲の風 [珈琲の風]

セルリアン城を一周囲む湖に、オレンジ色の夕日がうつる。
コーラルレッドに染まった水面が風に揺れる。
城と城下町とを結ぶ橋には、鉄のよろいをオレンジ色に輝かせ、兵士が2人。
橋の隣の街道に出て、その先のルプーネス公園の向かいを見ると、
落ち着いたレンガ造りの建物がある。それがルーバルトの家だ。
コーヒーの香りが染み付いたその中で、ルーバルトはcafeを営んでいる。
1階はガラスばりになっており、街全体がみわたせるcafe。2階は絵画や
写真などをかざる、小さな小さな美術館。そして3階が自宅。と、こんな具合だ。

1階のcafeは、ここが観光地だということもあり、それなりのにぎわいを見せている。
従業員はいないため、ルーバルト1人で動き回る。この仕事が好きだ。
働くことは、苦にならない。「このコーヒー美味しいよ。」
「チョコレートは手作りね。」昨日ともおとといとも似た会話が
聞こえてくるが、決して同じではない。それがこの仕事をしていて
飽きない理由なのかもしれない。87.2度のエスプレッソを注ぎながら、
ゆっくりとルーバルトは思った。そのうち日は落ちていき、あたりは真っ暗になった。

夜になって、観光客がみなホテルに引き返していくと、このcafeはまた違った
雰囲気をかもし出す。昼間のにぎやかさは消え去り、同じ城下町に住む
顔なじみ達が、足を運ぶ場となるのだ。0時までの営業時間の中で、
1人来るか、2人来るか・・・。人数は少ないが、1人も来ないことはほとんどない。
ほらまたゆっくりと、ドアが開く。のぞいた顔は、ルーバルトが知っているものでは
なかった。40代くらいだろうか、ルーバルトと同じくらいの年。
こげ茶色のジャケットに身をつつんでいた。

落ち着いた茶色の帽子を取り、誰もいない隣のカウンター席におく。
「ご観光ですか?」  「…観光、というのかな。」
意味深な言葉だ。あまり深く探らない方がいいと感じ、「ご注文は?」そう話をずらす。
しかし男は、その質問に答えなかった。「私はシャンブルという。マスター、あなたは?」
「ルーバルトと申します。」 約1分間の沈黙。何かまずいことでも言って
しまったのかと、不安になる。珈琲の香りがする空気がルーバルトの鼓動で震えた。
先に沈黙を破ったのは、シャンブルの方だった。「ルーバルト、そういいましたね。」
「・・・はい、そうです。」重苦しい空気の中で、シャンブルはなぜか満足そうに微笑んだ。
「2階にギャラリーがあると入り口に書いてあったが、それはこの階段をのぼれば?」
「えぇ。小さいものですが、どうぞ。」貧弱ともいえるようなルーバルトの宝の場所を、
見たいという者はほとんどいなかった。初めて来店した観光客ですら、
この階段をのぼるものは少ない。率先して階段をのぼってゆく、
不思議な客のうしろ姿をゆっくりと追いかけるルーバルトは、
密かな喜びのほか、何も感じていなかった。

2階にあがると、シャンブルは1つ1つの絵や写真を丁寧に見てまわる。
時々うなずいたり、近くによってよく見たり・・・。こんなにもしっかりと見てくれる客は、
彼が初めてだった。シャンブルの声に出さない感想を聴き取ることで、
ルーバルトの心の中は満たされていった。ふと、シャンブルが声を発する。
「これで、全部ですか?」 「えぇ、これがすべてです。」
・・・再びの沈黙。2人の間に、緊張がはしる。
シャンブルがゴクっと唾を飲む音が、静かにきこえる。
「もう1枚…、もう1枚ありませんか。」シャンブルは、今までの落ち着きを失っていた。
額にうっすらと、汗を浮かべている。 ルーバルトには、心当たりがあった。
しかし、今日あったばかりの人に打ち明けるべきなのか分からなかった。
コレクションの残り1枚の絵には、謎があったのだ。


その絵は、このcafeのオープンを記念し、ルーバルト自身が描いたものだった。
この城下町の風景を、あざやかにカンヴァスへ写しとったのだ。
オープン時は2階がギャラリーとして使われていなかったため、
絵は自宅に置かれ、ルーバルト以外の誰の目にも触れることはなかった。
その絵は、ルーバルトが密かに気に入っていたものの、1つだった。
ある日、いつものように何気なく絵を見る。ルーバルトは、愕然とした。
本能的に叫ぼうとしたが、口から出たものは、冷たく震える息だけだった。
異変が起こっていたのだ。
あんなにあざやかに描かれていたはずなのに…。
色が無い。モノクロの、暗い絵と化している。
絵の周りの空気が、重くルーバルトにのしかかった。
何度も色を塗り直そうと試みたが、黒以外の色がそのカンヴァスにのることはなかった。

あれからもう5年。ショックからはだいぶ立ち直った。あの冷たい絵のことを、
シャンブルは言っているのだろうか。それならルーバルトは、彼に語るべき、なのだろうか・・・。
ルーバルトはシャンブルに話す覚悟を決めた。悩みぬいた末の、決断だった。
1言ずつに重みを持たせ、彼は語る。その間シャンブルはうなずいたり相槌をうったりせずに、
ただルーバルトの澄んだ目を見つめ、黙っていた。話し終わると、シャンブルはこう言った。
「それだ、私が探し求めていた絵は」、と。 落ち着きのなかに、喜びの色が見られた。
そして、こう続ける。「その絵に色を吹き込みたいとは、思わないか?
私と一緒に、絵を生き返らせないか?」

ルーバルトは先ほど、カンヴァスには黒以外の色はのらないと言ったばかりだった。
もう元通りにすることは出来ないと、ずっと昔にあきらめていた。
元通りにしたいとは心から思っているものの、5年前の傷が痛むのだろうか、
素直になれない。気がつくと、こう口走っていた。「元に戻すなんて、出来るわけがない。
もう手はつくしたんだ。努力しても、無理だったんだ!」
お客様に向けてはいけない言葉だった。でも、もう遅い。許してなんか、もらえる訳が無いだろう。
とんでもないことをしたと、深い後悔に襲われた。
そんなルーバルトの気とは裏腹に、シャンブルはおおらかに微笑んでいる。
さほど気にしてはいないようだった。とりあえず、ほっとした。
「いや、急ぎすぎました。すまない。方法を説明しましょう。」
シャンブルが語った方法は、予想もできない信じ難いものだった。

シャンブルは説明し始めた。
「とりあえず最初に、今から説明することをまとめて言ってしまうよ。色相環で上下左右の色に
グループ分けされる色を、人に出逢うことによって探し集めていけばいいんだ。」
ルーバルトには、こう言われただけではさっぱり理解できなかった。
「わけが分からない」といった表情。 シャンブルはその表情を読み取ったのか、
「こう言われただけで分かる人なんていないだろう。じゃあ、ゆっくり解説していこうか。」
と続けた。そして、ギャラリーの隅に置かれた、絵の具の付いた作業台の椅子に腰掛ける。
「ちょっと、スケッチブックを借りる。」そうことわってから、色鉛筆で何かを描いていった。

「色相環っていうのは、この円のことだね。色は適当だが・・・。 それで、この上下左右というと、
赤・緑・黄・青になる。この4種類の色に分けられる色を、3つずつ、探していくんだ。
例えば緑のグループだったら、ビリジャン・オリーブグリーン・サップグリーンの3つでもいいし、
コバルトグリーン・オキサイドグリーン・エメラルドグリーンの3つでもいい、といった具合だ。
今言ったとこまで、いいね。」
 ここまで語ると、シャンブルは一息おいていった。
「長くなるかもしれないから、コーヒーでも頂くよ。ウィンナーコーヒー、1杯お願いします。」
この客から、お金を貰う気はなかった。値段をたずねたシャンブルに、
「今のご説明で、おつりが来ますから。」とだけ言い、ルーバルトは1階へ降りていった。

シャンブルはコーヒーを机に置き、説明の続きを始めた。
「探し方だが、人に出逢っていくんだ。この城下町の中に色からとった名前の
人が暮らしているはずだから、その人たちに。探せたらその人に、
名前が色からとってあるということを確かめて・・・」
ここで、シャンブルは話をとめた。 「確かめて・・・?」 ルーバルトがそう聞き返すと、
「確かめて何かをすると・・・色が戻ってくるはずなんだ。」と、あやふやに話す。
「とにかく、その人たちが鍵を握っている。」最後にそう話をまとめ、
説得力があるのかないのか、信じていいのかいけないのか、分からない説明を終えた。

説明を終えると、「絵が見たい。」そうシャンブルは言った。ルーバルトはもうためらうことも無く、
隣の、倉庫としてつかっている部屋へ絵を取りにいく。すみのほうで布とほこりをかぶった暗い絵は、
最後に見たときのままだった。シャンブルと話したことによって、この絵にほんの
少しの変化でも起こっていてほしいと思っていた心のどこかが、ちいさく肩をおとした気がした。

ほこりを被った布をとり、シャンブルの待つギャラリーへと絵を運ぶ。実際の重さよりも
はるかに重く感じられるそれは、コーヒーの香りのなかに、オイルの匂いを溶け込ませていた。
シャンブルは運ばれてきた絵を見た瞬間、ため息ともいえない不思議な息をつく。
落ち着いて、それでいて機敏に立ち上がり、絵をじっと見つめながら歩み寄っていった。
ただ、眺める。ルーバルトの、緊張した静かなはずの息ですら、響いているように聞こえた。
しばらく見つめたのち、シャンブルはゆっくりと振り返った。

ルーバルトの緊張した眼をとらえると、口を開く。
「色を、とり戻しにいこう。どのくらいの時間が必要かはわからない。
でもこの絵には、かかるだけの時間をかける価値が、あると思う。」
ひと息にそれだけのことを言いきると、ほっと力を抜いた。
「明日の夜、また伺うよ。出来れば返事をそのときに。」
それだけ言うと、階段をおりていった。張り詰めた空気に扉がしまる音が静かに響いた。

翌日月がくっきりと見えてきたころ、シャンブルは約束どおり現れた。
こげ茶色の帽子をとり軽く会釈をする。ルーバルトは会釈をかえしてから、
すずしい風の吹くドアの外に出て、OpenからCloseへ表示をかえた。 
「2階へ」と目で促すと、シャンブルはうなずき足を進める。
上がりきると、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。ルーバルトの目を見つめ、口を開いた。

「それで、お返事は決まっているのでしょうか」 店に入ってきてからはじめて発された言葉は、
かすれていながらも重みのあるものだった。重さは声自体だけにあるものではない。
色を取り戻すということは、このcafeをしばらくの間空けなければならないということ。
コーヒーを注ぐ、あの心地よさを味わえなくなるということ。
大きな不安と強い緊張の重さだった。そんな重さに押しつぶされそうになる感覚を感じながら、
それでもルーバルトはシャンブルの目から視線を外さなかった。
「行きます。」  そう答えるためだけに。

翌朝、Windy Coffeeと書かれた看板の下にシャンブルは立っていた。
開店時間をとうに過ぎているというのに、扉にはCLOSEの札が下がっている。
今まで会っていた夜に出直した方がいいのかと迷っていると、
ふと思いつくことがあり、ドアノブに手をかけた。カチャリと軽い音をたて、それはまわる。
ルーバルトの意図を理解したような表情を見せながら、無意識に足音を忍ばせ、
シャンブルは階段をのぼっていく。

彼の予想通り、ルーバルトは2階でシャンブルを待っていた。シャンブルの姿をみつけるなり、
「よかった、来てくれて」 そう言って安心したように笑う。少々緊張していたシャンブルーの心も、
温かいウインナーコーヒーに溶かされていった。2脚用意された椅子に腰掛け、
2人はこれからの行動について色々と話し合う。とは言っても、ルーバルトはもちろん、
シャンブルーまでも、確かな情報を持っている訳ではなかったが。
このとき2人は、色を探すこの冒険が果てしないものだとは不思議と思っていなかった。
言ってみれば、セルリアンの三大行事であるセルリアン納涼祭の参加者・来賓を集め、
運営をする 程度にしか、考えていなかったのである。

話し合い始めてすぐに、気がつくことがあった。前もって気付いていなかったのが不思議な
くらいだが、とにかくもっている情報が少なすぎるのだ。分かっている事といえば、
「この街の中に住んでいるであろう、色からとった名前の人々が鍵を握っているらしい」
なんてことだけである。少しでも情報を掴もうと、ルーバルトたちは街を歩いてみることにした。
冷め始めてきたコーヒーを飲みほすと、ルーバルトはメモ帳代わりのスケッチブックを
脇に抱える。その部屋を発つ時、椅子の背にかけてある帽子をかぶることをシャンブルは
忘れなかった。CLOSEの札が揺れる正面の玄関に内側から鍵をかけ、2人は裏口から外へ出た。

行き先を全く決めていない彼らは、何となく路地を通りぬけ、大通りへ出てみることにした。
セルリアン城を囲む湖のほとりで、先にルーバルトが口を開く。
「どこへ行ってみましょうか。手がかりを掴めそうな場所というのは・・・。」
「私の勘でしかないのですが、大通りよりは路地裏、街中よりも森の中、なんていう気が
するのですよ。」 「あぁ、どちらかというとひと気のない場所ということですね。」
「えぇ。 そういった場所はこの辺りだと・・・。」 「湖の奥の森林でしょうか。」
「では、そこへ向かおう。」
団体で記念写真を撮っている観光客に背を向けて、2人は歩き出した。

セルリアン城を囲む湖の北東には森林が広がっている。そこを目指して歩き出した2人は、
今その入口に立っていた。もっとも入口とは言っても、誰も通らないような
踏み固められた道が細く続いているだけだったが。この城下町の住んでいるルーバルト
ですらこの森の中に入ったことはない。今、はじめて足を踏み入れようとしているのだ。
2人の鼓動がぴったり重なって、速さを増していくような気がした。春風はのどかに動いている。
樹が茂った湿っぽい暗い森で、無意識に2人は空を仰いだ。
木の葉の間から漏れる陽の光が画面いっぱいに広がり、
その1粒1粒が丸い球のように見え― ふと不思議な感覚におそわれた。
「なつかしい気がする。」
2人の声だった。そっと顔を見合わせる。自分と声が重なったことを、確かめように。

なぜ懐かしいと感じたのだろうか。2人は、同じような体験をしてきたのだろうか。
懐かしさとは、過去を映す鏡である。今もっている手がかりは「昔」。
どのくらい昔なのかも、全くわかってはいない。でも悩んでいるだけでは進めない。
そんなことを考えながら、2人は私立図書館に足を運んでいるところである。
この城下町の「昔」についての資料を、探すために。
この図書館は、ブライドさんが1人で管理している。新書はほとんどないが、古い本がきっちりと
棚に並んでいるような、今回の資料探しにはうってつけの図書館なのだ。
彫刻刀で丁寧に装飾された厚い樹の扉をあけると、
本とほこりと珈琲の風が吹いた。

きしみながら開いた扉の音に、ブライドは読んでいた分厚い本から顔を上げた。
蓄えられた白い髭が、落ち着きと冷静の中に温厚さをかもし出す。久しぶりのルーバルトと
はじめてのシャンブルの顔をみて、嬉しそうに笑った。
「3日ぶりのお客様だよ。」
と話してくれるのも、常連のルーバルトだからだろう。普段は時間性で、
低額ながらも料金をとっているという。常連のルーバルトはいつも無料だと話す
ブライドの言葉からも、2人の親しみの深さがうかがえた。

続きを読む


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。